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天才活人形師、松本喜三郎が製作した妖艶な観音像

【評価:3びーなす】  日本B級遺産として認定す

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突然ですが、熊本市に非常に珍しい観音様がいることをご存じでしょうか。江戸時代から明治の時代にかけて活躍された生人形師、松本喜三郎氏による観音像のことです。熊本に現存するものとして浄国寺の谷汲観音像(たにぐみかんのん)と来迎院の聖観世音菩薩像(しょうかんぜおんぼさつぞう)の二体があります

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最初に訪問したのは浄国寺。声をかけて観音様を拝観させてもらいます。本堂の右端の方にあるのがそうかな

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うっひゃあ、これこれ。この谷汲観音像を見たかったんだ。ようやく念願叶いました。第一印象は思ったよりも大きい。また、立像で体を少し斜めにしてるんだね。しばらくの間、谷汲観音像に見とれていたら後ろに住職がいます。声をかけると写真もOKということなので撮らせてもらいました

活人形谷汲観音像
作者の松本喜三郎(1825~1891)は肥後のみならず、日本の近世末の人形師として生人形の元祖と言われた。その作風は徹底した写実主義で、実際のモデルを使い、寸法や衣にかくれる部分もおろそかにしなかったと言う。嘉永7年(1854)には大坂難波新地で異国人物人形を「生人形」として興行した。その後10年の歳月を費やして作成した「西国三十三所観世音靈験記」を、明治5年から2年間浅草に展観した。本像はその33番目の美濃谷汲山縁起をあらわしたものであるが、あまりにも出来栄えがよかったため別にもう一体をつくって展観し、本像は浅草伝法院内の堂に安置していたが、後に彼の菩提寺の浄国寺に寄進したものである  引用:熊本市HP


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それにしても美しい。松本喜三郎最高傑作といわれるのも納得です。せっかくなので住職にいろいろとお話を伺います。まずは松本喜三郎氏について。彼は熊本で生まれ見世物小屋を中心とする生人形(活人形)の世界で活躍された人物だそうです。当時から人気があり、博覧会への出品・人体模型の製作など活躍は多岐にわたります。またアメリカのスミソニアン博物館に貴族男子像という作品が所蔵されてるんだって。さらには実用はならなかったけれど日本で初めて義足を作った人だとか

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次に谷汲観音像について尋ねました。元々は見世物小屋で展示されてた人形のひとつにすぎなかったそうです。明治4年東京の浅草観音境内に於いて、「西国三十三ケ所観音霊験記」という興業がありました。観音の化身三十三体、人物百数十体にもおよぶ展示会で大盛況。人形は浅草伝法院に仏像(観音像)として祀られてあったけど、その後菩提寺である浄国寺に寄進したそうです。そのころは熊本に戻ってたので、いつでも見れる身近な所に置きたかったらしいよ

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西国三十三ケ所観音霊験記の引札です。一番左上が「第三十三場面「美濃国 谷汲寺縁起」というお話です。小さくて見えにくいから冊子本の方で説明します

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これは観音様が巡礼者の姿を借り、迷ってる人を導いてる場面。ようやく観音様がななめになってる理由がわかりました。別名、巡礼姿観音像ともいうそうです。以上が境内にあったパンフの内容。ここからはさらに掘り下げた説明をします。実は谷汲観音像は二体あったそうです。喜三郎があまりの会心の出来に最初に製作した一体めを浅草伝法院に観音様として安置し、二体目を興行用にまわします。展示された人形のその後はわからず、第十八番京都六角堂の場面で登場した池之坊の首と両手だけが大阪歴史博物館に保管されてるそうです。一部は外国人の手に渡ったとか。だんだん活動写真(映画)が広まり始めたころなので、興行としての人形展自体に人気の陰りがあったそうです。そういえばNHKのタイムスクープハンターでやった河童のミイラの話でも同じことをいってたなぁ

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谷汲観音像の帰熊と浄国寺寄進の話も興味深いです。喜三郎の興業の世話をしていた永野弥七という人物がいます。谷汲観音像を身近に置きたいと願っていた喜三郎は永野に伝法院との交渉をまかせます。当然伝法院は返却を拒むがクジで観音様の声を聞こうと提案。むちゃくちゃな提案だけど見事当たりくじを引いた永野は厳重に運搬し熊本まで持って帰ってきたそうです。さてここで一つ問題が発生。谷汲観音像は菩提寺である浄国寺に寄進したのですが、永野の実弟がそう遠くない場所にある来迎院というお寺の第四十五代永野隆光上人でした。そこで永野の顔を立てるために、新たに観音像を一体製作しそれを寄進したそうです。それがあとででてくる聖観世音菩薩像です。谷汲観音像は当初は見世物用として、聖観世音菩薩像は最初から観音像として作られたこと。ここが大きく違う所です

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谷汲観音像は細部までとてもリアルだよ。像高は160cm。髪の毛は馬のたてがみで玉眼と白毫はガラス製、歯は象牙製。1898年(明治31年)の遺弟子による修理(実際は大正4年)では、衣装を西陣織で新調したそうです。平成18-19年にかけての平成修理で博多織に変更します。完全に同じものは出来ないけれど、その時代の織物職人の想いや衣装生地を集め製作したそうです。それまで着ていた衣装は厨子の下にある桐の箪笥に収納されてます。過去には11PMの「人形とエロス」のコーナーでとりあげられ、ちょっとしたブームもあったとか。また、高橋克彦著のドールズ―闇から来た少女の表紙にも描かれています。だけど、こうやって厨子の中に納められてると、まるでショーウィンドウに展示されてるマネキンみたいだね。マネキンも将来的には観音様になったりして(笑)

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観音像の修理報告書(非売品)には詳しい修理状況が記されてます。天衣や胴着を脱がせていくと胴部分は空洞なのがよくわかります。針金で作った提灯胴。この辺りは普通の仏像ではまず見ない作りなので、とても興味深かった

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境内には高平幼稚園のバスもありました。ポケモン仕様でかわいかったので写真をパチリ。そうだ。修理報告書に書いてあったけど、浄国寺では活人形としてではなく観音様として祀ってあります。なので拝観しに行かれる際は、「人形を見せてほしい」っていうのはやめといた方がいいよ(参考文献:浄国寺 活人形谷汲観音像 修理報告書)
(熊本県:熊本市北区高平2-20-35 曹洞宗 浄国寺)

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もう一体の仏像を見るために、今度は熊本駅裏手にある来迎院(らいこういん)に移動します

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阿弥陀如来の隣に聖観世音菩薩像はありました。谷汲観音像に比べひとまわり小さいみたい。像高117.3cm 総高129.1cmなんだって

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髪の毛と腕にまきつけた衣装の青が印象的だなぁ。あと、肌の質感があきらかに違います。谷汲観音像は顔料をたくさん塗ってるけれど、こちらは木の状態に近いです

尾州桧の角材を択ぴ、晩年最終の佛彫に一刀三礼を以って聖観世音の尊顔を刻み、胸腹は活人形の手法に準じて提灯胴とし、手ずから裁縫した服飾を施して、これを当山に謹納安置(明治20年奉納)


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また、谷汲観音像は草履をはいてたけれど、こちらは裸足なんだね

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菩薩像は平成12年から13年にかけて修復したそうです。色気という点では谷汲観音像の方が一歩先を行くけど、こちらは凛とした姿が美しい。二体の仏像とも熊本が誇る宝です

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喜三郎の作ではないが江戸時代に作られた木像閻魔王像もありました。現存する松本喜三郎の作品はとても少なく、下記のほか大阪歴史博物館などにごくわずかに残ってるだけなんだって。熊本市五福まちづくり交流センターにある閻魔像については合作の可能性が高く、両住職ともはっきり彼の作といえるかどうかわからない。そう言ってました。名匠松本喜三郎が製作した美しい観音像と菩薩像。ぜひ、見に行ってあげてください。おすすめです

1.三ツ折り人形文久2年(1862)個人蔵
2.谷汲観音像明治4年(1871)浄国寺蔵
3.斉藤実盛像明治14年(1881)個人蔵・熊本県立美術館寄託
4.聖観世音菩薩像明治20年(1887)来迎院蔵
5.黄玄朴像明治21年(1888)熊本県立美術館所蔵
6.女官頭部個人蔵
7.男性裸体アメリカ・スミソニアン博物館蔵
8.蟹(2体)島田美術館松本家蔵
9.うさぎ兜前立島田美術館蔵
10.孫悟空像個人蔵


(熊本県:熊本市西区春日6-8-8 浄土宗 来迎院)



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この記事へのコメント

- らぼっち - 2012年07月06日 23:16:26

えーっ、だから案内してっていってるしー^m^
この記事を読んで思い出しました
知り合いの方から生き人形を見にいきましょう
と誘われていたことを
その時はなんだか怖いものという印象があったので
そのままになってました
熊本出身の人形師なんだ
昔のマネキンが観音様になったんですね、覚えときます♬

- おにぎり太郎 - 2012年07月07日 00:37:05

■ らぼっちさん こんばんは

松本喜三郎氏は熊本で生まれ67歳でその生涯を閉じた人物です。美術館に収蔵されてるカニや黄玄朴像は必見。観音像を拝観するときはまつ毛や爪まで見るといいいよ。すっごいリアルに作りこまれてるのがわかります。皮膚の下には血液が流れてるんじゃないかと思うほどでした

記事にはしてない補足
谷汲観音像は熊本県指定重要文化財になってます。また、昭和20年には盗難騒動もあったそうです
熊本にはもう一人、喜三郎に比肩し得る人物として安本亀八というものがいました。彼の作品もとても素晴らしいので、ネットで探してみてください

観音像の記事を楽しみにしています♪

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